12月30日、あと少しで2019年も終わろうとしていた頃。
 フレンドのSさんと共に用事を済ませ、のんびりと言葉を交わす。

 ところで、私は最近ログイン日が非常に不安定なのもあり、ブログ記事も書く気力をほぼ失ってしまった。
 Sさんは私のブログに目を通してくれているらしく、現行の記事が丸々二年前という事実に何か感じたのだろうか。
「そんなブログの話題作りに」
 前置きの後に告げられた言葉に、私は非常に悩む事となる。


「1.メリクリ 2.悲劇を願っちゃう人 3.地底で色塗りしてた女王 4.星滅ってこれ禍津? どれがいい?」
 つまるところ突発でトリガークエストに誘ってくれたのだ。「地底で色塗りしてた女王」に至っては他ゲームに引っかけての言葉である。他にも色々とクエストトリガーがあるらしい。そのどれもコミカルに述べられ、何やら対戦相手が可愛らしく思える程である。
「とかく、トリガーはあれども、メンバーがいないのでそのあたりはユクさんにおまかせしたい所存」
 そう言われてしまっては、私の悪癖とも言うべき好奇心が顔を出す。
「ぬううう……少人数の誘惑が無駄に襲ってきます……w」
 そうして私が頼んだものは。

極月に究極へ01
 4人用クエスト「惨劇を招く破滅の虚影」、ダークファルス・ペルソナとのペア戦である。
 転送前の通信がいつもと違う事が気になる。このクエストの事を全く知らないので、NPCシエラが述べた「なりふり構わない危険な攻撃」が何なのかは解らない。しかし十分注意せよという事なのだろう。
 ダークファルス・ペルソナは四つの仮面形態があるが、個人的には非常に攻撃しづらい形態がある。特にルーサーの仮面は攻撃すべきコア部分に振り回されてしまうので、それを選ばないでくれと祈るような気持ちだった。
 そんな心を見透かしたのか、ルーサーの仮面で満を持して登場した。

 グレンテッセンを挟めば少しは楽なのだろうが、生憎VITAではサクラエンド零式をセットしたパレットとの切り替えが攻撃ペースに間に合わない。どちらを使うか、悩んだ末にサクラエンド零式のパレットをセットし、連続ステップでコアを追いかけ回す。その追いかけっこのロスも災いし、ダークファルス・ペルソナのターゲットはすっかりSさんへ向いた。
 それでも何とか攻撃を加え、遂にルーサーの仮面が砕け散る。此処でまた形態変化があるのだが、二番目に苦手なのがエルダーの仮面だ。上方に配置されるコアがよく画面外に出てしまい、見失いやすい。
 そうしてエルダーの仮面を見た時は、とことん意地が悪いと思うしかなかった。
 エルダーの仮面はとにかく攻撃力が高い。注意深く、しかし及び腰にもならないように、攻撃と防御をしっかりと行う。偶に叩き付けの当たり判定が無くて困った事以外は、ルーサーの仮面よりは安定して戦えた。

 エルダーの仮面を破壊して、此処からが本番である。
『笑ってみせろ!』
 この台詞と共に繰り出される吸引が厄介で、パレットを切り替えてハトウリンドウを急いで放っても、その後の炸裂から迸る波動を上手くカウンターする事が出来ない事がいつかの対戦で発覚した。下手をすれば波動の全てまでを食らってしまい、そうなれば戦闘不能は必至である。吸引時は正直に後退りしておき、炸裂を確実にカウンターしてすぐに懐へ飛び込む方法を取るしかなく、非常に気を揉む瞬間だった。
 時に大ダメージを受けるが何とか踏ん張る。ただでさえあまり火力の無い私である、倒れてしまってはSさんの手を割いてしまい、それこそ大幅なロスだ。どうにかアトマイザー系アイテムで補助もしながら、己のベストを探る。
 ある時、ダークファルス・ペルソナがいよいよ大技を準備する。最初の打ち付けこそカウンターに成功してロスを無くしたが、光球が色すら変わらない。これは無理だとぎりぎりでカタナコンバットを発動させて大技の難を逃れ、引き続き攻撃を加える。
 その頃になって制限時間が残り2分と知らされた。あともう少し、間に合うかと思われたところでダークファルス・ペルソナが中央に陣取った。通常ならば此処で全ての攻撃を終了させるのだが、赤く染まる周囲を見て、私は転送前の言葉を思い出した。
 此処からが「なりふり構わない危険な攻撃」の始まりだった。最後の足掻きにして強烈な薙ぎ払いに連続で打ちのめされ、とうとう膝を突く前にタイムリミットが過ぎていった。

「くはー……最終段階まで行けたのに」
 Sさんの言葉からしても、本当にあれは最後の足掻きらしい。逆を言えば、あれさえ越えてしまえばクリアなのだ。
「後一歩だったんですが……」
「あと一歩が……及ばず……ぐぐぐぐ!」
 歯噛みする心地で、噛み締めるのは悔しさである。
 しかし。
「次はリベンジを……!」
「リベンジしたいです!」
 此処で終わりたくない気持ちはあるものだ。

 12月の異称の一つに「極月」というものがある。「ごくげつ」または「ごくづき」と読み、読んでその侭「年の極まる月」という意味かららしい。
 そんな月、そしてそんな日の近い時に、届く筈も無い究極へ手を伸ばしてみてもいいだろう。
 それはきっと、何かしらの楽しさと経験を連れてきてくれるだろう。随分期待が過ぎるかもしれないが、好奇心とはそういったものである。