前回:「Si vis amari, ama. 第3話



 全くの二次創作の文章です。苦手なかたは閲覧をお控えください。
 フレンドさんをお借りしたお話。

 不運と絶望はいつもの事。
 しかし今回だけは諦められなかった。




■-4 Abyssus abyssum invocat.

 カカゼは結局、一番にリューゴが帰ってくるまで看病を続けてくれた。最後にきちんと挨拶までしてから去っていったのだが、強い心細さは拭えない。
 初日の看病もあってか、数日もすると風邪はすっかり完治し、またいつもの生活が戻ると思われた。



「……メメ、メメ」
「んあー……」
「酒、零れてるぞ」
 ウラルクの声に手元を見ると、グラスは既に限界を越えて酒を溢れさせている。
「んあぁ!? 俺のくろちゃんがああ!?」
 愛着ある銘柄を呼んで嘆くメメントへ、ウラルクは続けて言葉を投げかけた。
「らしくないなあ、さては恋でもしたかな?」
「ぅひっ!?」
 その反応に、普段あまり動揺しないウラルクですら目を白黒とさせる。
「……当たりなんだ」
「ううぅ……」
 言葉が見付からず呻いていると、こちらも同室であるエルルクが、毎度の如く携帯ゲーム機を弄りながら告げた。
「どーせカカゼの事好きになっちゃったんだろー」
「ひぎぃ!」
「……単純且つ解りやすすぎないかな?」
 看病に来てくれた事は聞いていたウラルクですら呆れる。メメントはグラスを一気に呷ると、半ば喚くように言い放った。
「ふーんだ! どうせまた振られるんだろーとか思ってんでしょ!」
「思ってる」
「思ってる」
「其処ハモんないで? ねえ?」
 間髪入れずに返ってきた言葉達に突っ込みを入れたが、メメントは更に萎縮してしまう。
「だってさあ……」
「だって?」
「だって……だって……うううん……」
 言いたい事はあるらしいが、ウラルクに尋ねられても上手く言葉にならず呻くしかなかったその時だ。
「代わりに答えておこうか。君はあの子の優しさが初めてで、何を為せばいいのか解らなくなっているんだよ」
「その声は……ルーさん」
 窓から顔を覗かせたのはベランダに住んでいるルーサーだ。正確には以前事件を起こしたルーサーの力の欠片に過ぎず、その力もほぼ無害化している為に此処では最早ペット扱いであるが。
「君はあまりに不運と失敗を重ねた結果、臆病になっているのさ。初の幸運に成功を見出せず、ね」
「なんで解るのよ……」
 図星にメメントが縮こまると、ルーサーは高らかに宣言した。
「ははは、愚問だね。僕が全知だからに決まっているじゃあないか!」
「いや、大体解るから、似非全知」
「俺も大体解るぞー似非全知ー」
「ぐうぅっ! アークス風情が……!」
 ウラルクとエルルクから立て続けに告げられた言葉へ、捨て台詞を吐いてルーサーは顔を引っ込める。そしてそんな茶番も殆ど届かない程にメメントは悩み続けていた。



 任務中も上の空である事が多く、手痛い攻撃をいつの間にか貰ってしまう。これでは駄目だとは思うのだが、どうも上手くいかない。ルーサーの言う通り、自分は過剰に臆病になっているのだろうか。
 そもそも何故カカゼに対してだけ、こうも動揺しているのだろう。普通に接してくれる人物ならば、もう数多く出会っている。優しくしてくれる人物は少し数が減るかもしれないが、いる事にはいる。
 何故こんなにもカカゼが気になるのだろうか。その答えを探してみると、やがて悶えたくなるような己の心が見付かった。
 その心をどうすればいいのだろう。メメントは思考の袋小路に迷い込んでいた。



「おっ、メメ、やっほ」
 ロビーをまたもぼんやりと歩いていると、丁度エルルクと会う。
「ルク、任務終わったんだ」
「うん、今から帰るとこ。メメは?」
「んー……ちょっと寄り道して帰る」
「クレんち?」
 エルルクの予想へ、まさにアスエント家へ向かおうとしていたメメントが盛大に吹き出す。
「ほんっと解りやすいなー。まあ、がんばー」
「うーっくっそー! 目一杯頑張っちゃうんだからああー!」
 何はともあれ応援はされているらしい。尤もメメントは気付いていなかったが。



「メメさん、こんばんは」
「ビート君、こん、ばんは……」
 出迎えたのはアスエント家の大黒柱であるレツィービートだ。ぎこちないメメントに怪訝な顔をしたが、ルームへ招き入れてはくれた。
「あっ、メメさんこんばんはっす!」
「こんばんはっす!」
「こんばんはー……」
 帰っていたらしいエルダローエとツィーエも、元気の無い応えへ不思議そうに首を傾げる。二人の周りにいたすけてっとも同じ仕草をした。
「あの……クレ君って今、話出来たりしないかな」
「クレですか? 呼んできますね」
 キッチンへと向かうレツィービートを見て、メメントは大袈裟に深呼吸をする。やがて炊事を交代したのだろう、レツィービートと入れ違いにクレイトが姿を見せた。傍から見れば役者の早変わりに見えるのは、クレイトがレツィービートのクローンである為だ。
「こんばんは、俺にお話ですか……?」
「う、うん」
 頷いてからメメントは意を決して、その場に土下座した。
「クレ君! ……じゃない、クレイトさん! お嬢さんを俺に下さい!」
「ちょっ、メメさん!? ……それに、お嬢さん?」
 クレイトが驚きつつも疑問の答えを探る。すると一つだけ心当たりがあり、メメントの前に屈んで尋ねてみた。
「もしかして、カカゼの事ですか……?」
「そ、そうです……」
 頭を床に付けた侭で答えると、クレイトから穏やかに呼ばれる。
「メメさん。カカゼはメメさんのお気持ちを知っているんですか?」
「いや、多分、いや、絶対、知らないと思い、ます……」
「それじゃあ、仮に俺がそういう立場だとしても、順序が全く逆だと思うんですけれど……」
「あ……、それもそうだね……」
 顔を上げて見えた、困ったように笑うクレイトの言葉は尤もであり、メメントに少しだけ正常な判断力を寄越した。



 カカゼがメメントを看病した事はアスエント家も知るところだったらしく、少し事情を付け足せば納得もしてもらえたようだった。
「カカゼの気持ちに関しては解りませんけれど、とにかく伝えないといけませんよね」
「そうだよね……って、伝えちゃっていいの!?」
 これをクレイトへ相談する事がそもそもおかしいのではあるが。
「其処は俺が口出しするところではありませんから。カカゼには、カカゼの意思で動いてほしいですし」
「てっきり、うちの娘は渡さん的な展開だとばっかり……」
「元マスターと考えたらそうなるんでしょうか……。けれど、俺はメメさんの事は知っていますし、一番はさっきの通り、カカゼの意思を尊重したいですね」
 こう述べるところ、少なくともクレイトはメメントの敵にはならないらしい。
「そうだよね、そうなるよね。でもちょっと勇気出てきたかも、有り難うクレ君」
「いえ。俺が望むのは、当事者二人が互いに納得の行く結果が出る事です」
 この時ばかりはクレイトが菩薩に見えた。



「おそーい」
 アスエント家のルームを出てすぐに言葉が飛んでくる。
「ルク!? 帰ったんじゃなかったっけ?」
「姐さんに迎えに行ってこいって言われたんだよ」
 エルルクの言う人物はアメジストの事だ。帰りが遅いので心配させてしまったのだろうか。
 とにかく帰らねば、心配を通り越して業火の如き怒りに晒されるかもしれない。エルルクと二人、テレポーターへと向かう。その途中でエルルクが口を開いた。
「メメさあ、其処までするならさっさとアタックすればいいのに」
 言葉に悲鳴染みた声で反論した。
「カカゼちゃんに!? あんな人にそうそう近付ける訳無いでしょ!?」
 そうしてテレポーターへ入り、内部の端末へポート番号を入力しようと振り返った時にそれは見えた。
 カカゼが茫然と立ち尽くしてこちらを見ていたのだ。
 そして一雫、その目から零れ落ちるのが見て取れた。
「カカゼちゃん」
 メメントが呼ぶと、カカゼは身を翻し廊下を駆けていく。明らかに避けている態度だ。
「カカゼちゃ……!」
 テレポーターのドアが自動で閉まり、伸ばした腕を挟まれそうになったところをエルルクに止められる。
「開けるから待てって」
 エルルクの操作で再び開いたテレポーターから飛び出し、メメントは廊下を全速力で走った。程無くしてカカゼのルーム番号を見付け、インターホンのボタンを押した。
「何!? どうしたの!?」
 しかしよく見てみるとインターホンは赤いランプを点している。これは最高位のロック、面会謝絶と同義である。よってインターホンは鳴らず、声も届かない。
 一体何がどうなっているのだろうか。考えているところにエルルクが追い付いた。
「メメ……、さっき言ったの、其処だけ聞かれてたらとんでもなくやばいかも……」
「え?」
「メメさ、『あんな人にそうそう近付ける訳無い』って言ったよな」
「うん……」
「此処だけ聞いたら、『あんな奴に近付けるか』って意味にもなりそう……」
「あ、あああ……」
 メメントの心の底からの絶望が声になる。
「ごめん、メメ……」
 エルルクはタイミング悪く話題を振った事を悔いているのだろう。しかしエルルクに悪意も無ければ、過失も無い。絶望で動揺しても、其処が解らなくなる程メメントは愚かではなかった。
 メメントは俯いていた顔を上げると、ややぎこちなくではあるがエルルクへ笑う。
「謝らなくていいよ。俺にとってはいつもの事だって、ね?」
 こういった誤解による別れも珍しい事ではない。毎度の事であるから気にするなとメメントは言っているのだ。
「さ、帰ろっか」
「メメ……」
 つかつかとテレポーターへと戻るメメントの背中に多大なる不安を覚えたが、エルルクは言葉が見付からずに黙るしかなかった。



 夕食を取り、雑事を済ませていつもの通り酒を飲む。
 何やら気分が乗らない。
 酷く不味い。
 普段ならば自棄酒になってくれただろうに、今回に限り酒まで裏切る。
「メメントさんはとても美味しそうにお食べになりますよね」
 いつか言われた言葉まで裏切ってしまった。



 メメントの言動が何処かぎこちないものになってから二週間が過ぎた。
 相変わらず酒が不味い。メメントは最早習慣という惰性だけで酒を飲んでいる。
「やれやれ、それでも僕を追い詰めたアークスの端くれかい?」
 窓の外、ベランダから声がした。
「辛気臭いものはどうだっていいけれど、情けないものにはどうにも虫酸が走るのでね」
「ルーさん……。へーき、だいじょぶ」
 ちびちびと酒に口を付けるメメントへ、ルーサーは大いに溜め息をついた。
「平気ならば、早く行動を起こしたらどうなんだい?」
「行動って……もうどうにもならないよ……。俺が何したって、カカゼちゃんを不幸にするだけだもん。あの時、泣いてたし……」
 するとルーサーは侮蔑にも近い笑いで告げた。
「君はやはり大層無知なんだね。何故彼女が涙したのか、それは元々君に好意を寄せていた事の表れなんだよ。君は彼女を悲しませて、それきりにさせているのさ。さしずめ拷問だな」
 メメントは茫然としてルーサーを見る。
「時間は其処にあるが、待ってはくれないよ?」
 その忠告は甘美にして苛烈な衝撃だった。






 Abyssus abyssum invocat.
 -地獄は地獄を呼ぶ-



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