前回:「その向こうにある一つ 第1話



 全くの二次創作の文章です。
 設定の全てが出てきます。また、少々過激な表現が散見されます。
 以上が苦手なかたは閲覧をお控えください。

 今を漂う惨劇の人へ、何が出来るだろうか。




■-2

 冷え込む季節だが、彼は部屋へ入らず、いつもベランダの片隅に座り込んでいた。それを見かねてせめてものマットと明かりを用意すると、気に入ったのかは解らないがひとまず其処にはいてくれるようだった。
 彼は大抵ぼんやりと風景を見ている。顔の大部分を隠す仮面を着けていて、眉が無い彼の表情は非常に読み取りにくい。加えて彼の意識は無理な統合の影響で不安定になっているようで、何かしらの反応を示す事も少ない。それ故か口数も少なく、話してもその言葉は片言だった。
 彼は本当にこれでいいのだろうか。それが今、アスエント家に重くのしかかる悩みだった。



 今日は天気がいいが、夕刻にもなるとやはり冷え込む。
「ちょっと行ってくる」
 今回はレツィービートが、相変わらずベランダに座り込んでいる彼へ温かい茶を勧めてみた。
「いらない」
 彼は遠くを見詰めた侭、いつものように断る。しかし今回ばかりはレツィービートもすぐに引き下がらず、尋ねてみた。
「食べられない理由があるのか?」
 彼はこちらに顔も向けない侭答える。
「ちがう。いらない」
 枯れた声はあまり自由な発声が出来なくなっているのかもしれない。この短い返答を少し考えて、レツィービートは確認を取る。
「食べられるけれど、必要が無いのか」
「ならない、なにも」
 どうやら合っているようだ。栄養を摂取しても彼には意味が無い、という事だろう。
「食べるって、生命維持の為だけとは限らないぞ。味とか温度とか、色々楽しむものなんだ」
 すると彼は漸くレツィービートへ顔を向ける。その表情は驚いているようにも見えた。
「たのしむ」
「ああ」
 返答を聞いた彼は、小さくかぶりを振った。
「わからない、わからない……」
 そう零した瞬間、彼は赤黒い霧に包まれて消えてしまう。これが初めての事ではなく、何処に行ったのかも大体予想は付くのだが、探しようがないので戻るまで待つしかない。
 一人残されたレツィービートが仕方無く部屋に戻ると、エルダローエが心配そうな顔を向けた。
「どうすか」
「済まない、あの人の気に障る事を言ったみたいだ……」
「謝んねえでいいっすよ、ありがとっす」
 其処まで言ってふと、エルダローエが暗い顔をした。
「俺のほうこそ、すんません」
「なっ、どうして」
「最近、あの人の事ばっか考えてっから……」
 レツィービート達を蔑ろにしてしまったと考えているのだろう。だが葛藤する事こそ、エルダローエの想いの表れだと解らないレツィービートでもなかった。
「エル。お前も俺と同じ理由であの人にそうしてくれるんだろう、あの人が――何もかも失くした俺が、もう苦しまないでいいように。だから感謝しているくらいなんだぞ」
 告げながら頭を撫でる手は、やはり優しい。
「はい……」
 それぞれが同じ思いを抱え、彼を想う。恐らく彼は今、自身が作り出した異空間にいるのだろう。エルダローエが見た彼の記憶によれば、其処は彼が安らげる唯一の場所だったらしい。



 穏やかな、しかし不気味な色をした明るい空間が揺らめいている。空間があればいいという目的のみで作った其処に彼はいた。
 長い髪がうねる。髪に見える触手が仮面に触れると、霧散するように仮面が消えた。その下にある、本来なら口があるだろう箇所からは無数の触手が生えていた。蠢いたそれは量を増して伸び、足元で固まりを作る。
 やがて固まりから出てきたものは凄まじい悪臭を放った。しかしそれを気にする事もなく、彼は傍らに座り込む。彼が唯一『咀嚼』せずにいたものだ。
 変質を遂げた肉がこびり付く骨にも若干変色が見られる。これが誰なのかを判断する材料は、頭部にある折れた黒い一本角と、僅かに残った濃い橙色の髪だけとなっていた。最早原型は無いが、彼にとってはこの人物こそが求める人、失った人だ。
 目を細める。壊れてしまわないようにそっと撫でる。求め続ける。
「おまえ、おもう、なに……?」
 この選択をした自分をどう思うのだろう。訊いても答えは二度と返らない。其処でふと、こうして尋ねるなど今までしなかった事に気付く。答えが返らないからではない。
「……うう」
 瞬く間に涙が溢れる。何故忘れてしまっていたのだろうか、こんなにも求めているというのに。
 この身にまとわりつく重々しいものを何と言うのだったか、答えは遠い記憶にあるような、それは忘れてしまったもののような気がした。



 続き:「その向こうにある一つ 第3話