前回:「その向こうにある一つ 第3話



 全くの二次創作の文章です。
 設定の全てが出てきます。また、少々過激な表現が散見されます。
 以上が苦手なかたは閲覧をお控えください。

 今を漂う惨劇の人へ、何が出来るだろうか。




■-4

 皆が寝静まった深夜、エルダローエは落ち着きなく寝返りを繰り返していた。緊張するのも仕方無いのだが、彼がいつ帰るのか解らない以上寝ておくしかない。
 小さな物音さえ耳に付いていたが、温かなブランケットが徐々にそれを気にさせない眠気を連れてくる。心地良さの中でふとベランダを見ると、ぼんやりと明かりが灯っている事に気付いた。彼が帰ってきたらしい。そう判断するのも、彼が律儀に明かりを使ってくれている為だ。
 眠気を吹き飛ばすように跳ね起きたエルダローエは、上着を羽織るとベランダへ出た。吐息が白くなる程の気温にたちまち震え上がり、同時に彼は寒くないのだろうかと心配になる。
 ベランダの隅に敷かれたマットには小さなランタンが置かれている。黄色い光の側に座り込んでいる彼の姿があった。
「おかえりなさい」
 穏やかに声をかけると、彼はゆっくりと振り向いてエルダローエを見る。彼がしたのはそれだけだが、反応してくれるだけでも嬉しかった。エルダローエが隣へ静かに腰を下ろすまでを見遣ってから、彼は顔を逸らして俯いた。そんな疲労感の滲む姿を見せた事へ少々驚きつつ、エルダローエは口を開く。
「あの、良かったらなんすけど」
 彼は動かない。だが聞いてはくれるようだ。
「今度から、スーさん、って呼んでいいっすかね? 【怨讐】から取ってみたんすけど。名前らしい名前ってまだ無かったなって思って、みんなで考えたんすよ」
 すると彼はもう一度エルダローエを見る。その眼差しには何処か悲しみがあった。
「なまえ?」
「はい。駄目っすか?」
「なまえ、いる、どうして?」
 彼の問いにエルダローエは少し考えて、最初に見付けた答えを告げた。
「やっぱ、あなたをあなただって呼びてえじゃないすか」
「……どうして」
 掠れた声が絞り出した声はあまりに弱々しく、もう少しで何もかも消えそうな錯覚を与える。それを引き留めるようにエルダローエは腕を伸ばし、彼の体を抱き寄せた。この寒さにもかかわらず、彼の体は奇妙に温かい。
「あなたも大切な人だからっすよ。俺だけじゃなくて、みんながそう思ってるっす」
 だが彼は小さくかぶりを振った。
「ちがう……。ぜんぶ、ない、ちがう……」
 彼の言う通り、彼の求めたものは何一つ此処に無い。
「でも、此処に来てくれたじゃないすか」
「ここ、ちがう……。ここ、いる、だめ……」
 弱々しい声が歪む。
「みんな、ちがう……。だから、だめ……」
 彼が求めているものが此処に無いように、此処に彼を求めるものも無い。彼はそう考えているのだろう。その事実を抱えながら、縋るしかなかったのだ。
「……スーさん」
 どれだけ苦しい葛藤だろうか。それを和らげてやるように、エルダローエは彼の背を優しく撫でた。
「きっと、そっちの俺もおんなじ事考えると思うんすよ。もう苦しまねえでくださいって」
「おまえ……、おまえ、おもう、こと……」
 ずっと解らなかった。解ろうとしていなかった。他の誰でもない、エルダローエの想いがどのようなものなのかを。解ろうとしない内に解らなくなってしまったようだ。
 そんな彼へ出来る、ただ一つの事がある。
「だって俺なんすから、スーさんがずっと苦しいなんて嫌っすよ」
 彼が求める人はもう存在しない。だが彼がずっと欲しかった言葉を、代わりに伝える事は出来るのだ。
「そりゃ、悲しい事は全部ほんとの事で、忘れらんねえし忘れたくもねえんすよね。でも此処に来てくれた。だからスーさんに、ちょっとだけでもいいから幸せになってほしいんすよ」
 それには一つ、確かに頷きがあった。
 たとえ彼が全てから憎悪を向けられようとも、エルダローエ達の想いは変わらない。今までも、これからもだ。



 無の中で光を見た。
 これを逃せば光は二度と現れない。直感だったが、確信でもあった。
 その向こうにある一つの時間が、名も無き愛しい日々が、彼に失った筈の希望をもたらし、彼から孤独を少しだけ取り払う。
 たったそれだけが欲しかったのだ。今までも、これからも。



 続き:「その向こうにある一つ 第5話